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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)24号 判決

広島市中区中町九番二五号八〇一

上告人

国本清志

右訴訟代理人弁護士

宮内康浩

広島市中区上八丁堀三番一九号

被上告人

広島東税務署長 有藤秀樹

右指定代理人

中村和博

右当事者間の広島高等裁判所平成二年行コ第四号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成四年一一月二〇日言い渡した判決に対し、上告から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮内康浩の上告理由について

本件各更正処分(いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)及び本件各過少申告加算税賦課決定処分(いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)に違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立ちあるいは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成五年(行ツ)第二四号 上告人 国本清志)

上告代理人宮内康浩の上告理由

第一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 原判決は次の点で所得税法第一五六条に違背する。

1 日本国憲法は租税法律主義を基本原理としており(憲法第三〇条、同第八四条)、推計課税等の処分はあくまで例外的なものである。一義的には、国民の財産権が優先するのである。それゆえに、現行税法も申告納税制度を根幹としているのであり、税額の確定は納税者側にイニシアチィブが存在するのが原則であって、税務署長の処分による税額等の確定は例外的な場合に限られるべきであり、所得税法第一五六条もかかる憲法の趣旨をその背景としていることは明らかである。

それゆえ、推計課税を容認する所得税法の趣旨は、当該推計によって算出された所得金額が真実の金額(実額)に合致する蓋然性が極めて高いことを条件として、あくまで補充的な方法としてこれを適正な課税標準として是認することにあると解される。したがって、合理的と考えられる推計方法がいくつか存在する場合、すなわち、それらの推計方法がいずれがより実額に合致する蓋然性が高いか積極的に判断しがたい場合には、「疑わしきは納税者の利益に」の趣旨を及ぼして、納税者にとってより有利な、つまり当該推計方法によって算出された所得金額がより低額となる推計方法を選択すべきである。

2 しかるに、原判決は、推計方法の合理性の判断について、第一に売上原価額の推計方法につき、「本人率を用いて所得金額あるいは仕入金額を推計する方法は、当該納税者の特殊事情が著しくて他の比率を用いるのが適当でないか、あるいは他の比率を用いるための資料が得られない場合に用いられる推計方法である」として、後に展開する被上告人が主張する類似同業者率による売上金額の算出方法を追認する伏線を敷いたうえで、上告人の昭和五七年度の「手形決済分と現金決済分との割合は、原告(上告人)の独自の判断に基づいて行なわれたものというべきであり、右は原告(上告人)の特殊事情というべきであって、右割合につき他により合理的な比率を求める資料の存在も認められないのであるから」、実額で把握できる上告人の昭和五七年度の手形決済分仕入れ金額と現金決済分仕入金額に基づき算出した「本人率」により、係争各年度の酒類等の仕入金額を推計することは合理性があると結論する。

しかし、第二に最も重要な売上金額の推計方法については、すべての点にわたって被上告人の主張をそのまま認め、上告人が主張する推計方法については、「申告が実額に一定の割合をもってなされるとの事実を認めるに足りる証拠はない」とのわずか一行半の理由ともつかぬ理由をもってこれを斥けている。

3 思うに、納税者一人ひとりについて考えると、当該納税者の持つ事情は各人各様であり、本来的に著しい特殊事情を持っているのである。それにもかかわらず、原判決は「本人率を用いて所得金額あるいは仕入金額を推計する方法は、当該納税者の特殊事情が著しくて他の比率を用いるのが適当でないか、あるいは他の比率を用いるための資料が得られない場合に用いられる推計方法である」とする。これでは、都合の悪いときだけ納税者の特殊事情になってしまい、過ぎたる詭弁というものである。合理的な「本人率」が存在する以上、第一にこれに拠るべきである。

原判決は、この点で所得税法第一五六条に違背する。

4 また、原判決は、上告人の主張する推計方法は「合理性がなく採用できない」としながら、「控訴人(上告人)主張の本人率による推計が被控訴人(被上告人)主張の同業者率による推計より合理的であると認めるに足る証拠はない」として、上告人の主張する推計方法の合理性を認めているようである(この点、原判決には民事訴訟法第三九五条第一項第六条の理由に齟齬がある。)。

上告人の主張する推計方法に合理性が認められる以上、当該推計方法によって算出された所得金額がより低額となる上告人主張の推計方法が用いられるべきであり、この点においても原判決は所得税法第一五六条に違背していることは明らかである。

5 なお、仮に原判決の理由の背景に、経理をごまかしていたのだから推計課税をされても仕方がない、そして課税側の選択した推計方法によって算出された所得金額が実額と乖離する結果となってもやむを得ないとの価値判断があるとすれば問題である。推計課税の必要性と合理性の有無の判断に当たっては、かかる主観的な事情は考慮されるべきではないからであり、そうしなければ司法の判断はほとんどの場合において行政の処分を追認する結果となってしまうからである。

二 原判決は次の点で所得税法第一五六条、第二四三条等に違背する。

1 原判決はその事実認定において、被上告人が上告人の本件各係争年度における所得金額が実額で把握できなかったことから、類似同業者率により右所得金額を推計することとし、「本件各係争年度において韓国芸能人のショーを行っている者」等の四条件を満たす類似同業者の抽出作業を行ったが、韓国芸能人によるショーを行うという上告人の「事業形態の特殊性」から被上告人管内にも広島国税局管内にも右の条件に適合する類似同業者がいなかったことから、調査範囲を全国に拡大したところ、金沢国税局長から右の条件に適合する類似同業者一名が存在する旨の回答が得られた、とする。

そして、被上告人は、右類似同業者に面接してその営業規模、営業形態、立地条件等の調査を行ったとして、この被上告人の調査結果というものをそのまま認定している。

しかしながら、右の事実認定を支える証拠は〈1〉「質問てん末書」と題する被上告人係官大土井秀樹作成の右類似同業者の住所及び氏名が隠された文書と〈2〉右大土井秀樹の証言、のみである。

〈1〉においては、住所及び氏名が不明であるのだから、上告人としては調査の仕様がない。〈2〉において〈1〉の作成者に対する反対尋問権が与えられたのだから、上告人に攻撃防禦の機械は保証されたというのでは、あまりに民事訴訟における信義則ないし公平の原則に反するというべきである(大阪地判昭和四七・一〇・三一行集二三巻一〇・一一号七八三頁参照)。

2 思うに、所得税法が第二四三条において守秘義務を定めた趣旨は、課税側の調査係官は調査に際して納税者の多くの秘密を知り得る立場にあり、もし調査に際して知り得た納税者の秘密を調査係官個人の利得目的あるいは納税者への加害目的等のために利用したならば、納税者のプライバシーが侵害されるばかりか、課税側の権威を失墜させるからである。そうであるならば、調査によって課税側が得た情報を正当な目的のために使用することも許される場合があると解される。

そして、右の事実認定は推計課税における推計方法の中身そのものであり、上告人にとっては最も重要なことである。上告人にとって右の事実を直接確認しえないというのはいかにも不条理である。守秘義務の前には国民の私有財産権の保護も一歩後退しなければならないということになるのであろうか。

また、被上告人としては、極力、右の類似同業者の同意を得るよう努めてその住所及び氏名を明らかにすべきであり、それは決して不可能ではない。そうできない以上、証拠方法としては格別、右事実を認定する証拠価値はないものというべきである。

原判決はこの点において、民事訴訟における武器平等の原則、所得税法第一五六条及び同第二四三条に違背する。

3 また、とりわけ本件では唯一の類似同業者との比較による推計課税であり、原判決は次の点で所得税法第一五六条等に違背する。

(1) 本件において上告人の経営するクラブソウルは、上告人ができるだけ低料金で誰でもが来店できるようにと全国でもめずらしいチケット制をとって始めた店であり、しかも韓国芸能人のショーを店内で見せるという全国でも極めてめずらしい店である。広島でもいくつか同様の業者はあったが、韓国芸能人の手配が続かなかったり、韓国芸能人へのギャラも払わなければならないことからどうしても料金が高くなり、その結果、客足が遠退くことなどから、数年のうちに廃業に追い込まれる店がほとんどであった。全国的にみても、同じである。

本件のクラブソウルの場合は、上告人が太平洋観光を経営して韓国芸能人の派遣業もあわせて行ったこともあり、商売としては極めて難しいといわれるこの種の形態の営業を、昭和四三年に開店して以来、現在まで二四年間もの長きにわたり継続することができたのであり、全国的にも例がないものである。

本件で問題となっているクラブソウルは、全国どこにでもある飲食店ではない。ほぼ同規模の店舗が全国どこにでも見付かる八百屋や魚屋でもなければ、パン屋でもない。しばしば問題になるクリーニング屋でもない。「韓国芸能人のショーを見せるクラブ」という、ありそうで、しかし滅多にない極めて特殊な業種なのである。

このような「極めて特殊な業種」に対しては、唯一の類似同業者との対比による推計課税はその合理性を欠くものというべきである。

(2) このような本件における極めて特殊な事情を考えれば、推計課税自体の補充性や厳格性の問題はさておいても、本件においてただ漫然と「唯一の類似同業者との比較」によって推計課税をしようとすることは決して許されないものといわなければならない。

本件のように飲食店営業とくに韓国芸能人ショーをその特色とするクラブにおいては、経営哲学やその手腕(交友関係や社会における地位等を含めて)を含めた特殊個別的な要素が売上に大きな影響を与えるものである。多くの類似同業者と対比するならば格別、唯一の同業者(もはや「類似」とはいえない)と比較することは許されないものというべきである。

この点において、原判決は所得税法第一五六条に違背する。

(3) また、仮に推計課税の対象業種が八百屋、魚屋、パン屋あるいはクリーニング屋であれば、推計課税をしようとする課税側が推計課税の合理性の根拠として類似同業者の氏名等をたとえ不当にも目隠しをしたまま示したとしても、あるいはその合理性を維持しうるかもしれない。法的な強制調査権限のない、またその能力もない納税者側としても、右のような業種であれば、課税側の目隠しをしたままの攻撃方法に対しても独自の調査によって攻撃の道が開かれる可能性もないとはいえない(それでも、なお容易ではないが。)。

そして、重要なことは、右の業種のように「通常」問題となるケースでは、課税側が示す類似同業者の数は多いということである。地域を限定してもかなりな数の類似同業者が示され、裁判例などをみると、あまりに数が多いので分類までして示す用意周到さである。これを日本全国にまで広げるとなるとコンピューターにでも入力しなければ整理しきれないであろう。だからこそ、納税者側としては、たとえそれらのデータが目隠しをされたものだとしても、反撃の余地が残されるのである。

そして、もっともよく考えてみると、このように「納税者側の攻撃に耐えうる数」が保証されているからこそ「類似同業者」といえるのであって、ならば所得税法第二四三条の守秘義務を理由とする理不尽な課税側の「目隠し立証」も大目に見ようということになるのではないだろうか。

推計課税が補充的、例外的な課税処分であることは、その立法趣旨を考えれば当然のことであり、そうであるならば、解釈論の野に放たれてしまっている「類似同業者」の基準の解釈についても、右のように考えるべきであろう。

もし、課税側がどうしても「類似同業者」が唯一つしか見付からないけれども、それでも推計課税をしようとするのなら、目隠しを解くべきである。武器平等の原則からいえは、当然のことであろう。目隠しを解いて、それでも納税者側の攻撃に耐えうるならば、立派に「類似同業者」の役割を果したといえる。そして、それが裁判における公平の原則にかなう最低限の保証である。

(4) 「極めて特殊な業種」を対象とする本件において、原判決は「唯一の類似同業者」の氏名、住所等が明らかにされないままで、推計課税の合理性を認めている。

しかし、被上告人の右の目隠しを解かない主張、立証は、右に述べたとおり、本件推計課税の合理性を欠落させるものである。

この点からも、原判決は所得税法第一五六条、同第二四三条、民事訴訟における武器平等の原則に違背する。

三 原判決は次の点で所得税法第一五六条に違背する。

1 推計課税が許される場合でも、当該推計課税には合理性、合法性が要求される。ところで、推計課税の方法としては、財産と債務の増減により純資産の増減額を算定して所得を推計する資産増減法、収入・支出・生産高・販売高等の数額に対して、特定の数値をもって所得金額またはその計算の前提となる売上金額、仕入金額、収入金額を推計する比率法などがある。

資産増減法は、課税庁側が実際的にこの方法を採用しやすいかどうかは別として、納税者の財産権の保障と課税の公平を考えれば、推計方法としてはもっとも合理性がある。そして、資産増減法は推計方法として採用されないとしても、課税庁としては、まず第一に納税者の資産の増減を調査しているはずであり、その結果として推計課税をしているはずである。

思うに、推計課税の正当性を根本で支えているものは、申告額からは考えられない納税者の実質的な資産の増加であると考えられ、これがあるからこそ推計課税が許されるのであり、その合理性を持ち得るのである。

2 しかるに、原判決は「納税者の資産の増加が認められなければ、推計の合理性がなく、推計課税が許されない、とすべき理由はない」とする。

あまりに無茶苦茶な論理である。これでは納税者に一円の利益がなくても、同じ仕事をしている人はもっと儲かっているんですよ、という理由で課税されるようなものである。

原判決は、この点で所得税法第一五六条に違背する。

3 なお、被上告人は、上告人への課税処分に際して、何よりもまず上告人の純資産額について調査を行ったはずである。そうであるからこそ、上告人の純資産額の増加を根拠とする課税処分ができなかったのであり、そして、それにもかかわらず、「本人率」と「類似同業者率」という相反する比率原理をないまぜにした推計方法により、強引に課税処分を正当化せざるをえないのである。

課税側に、経理をごまかしていたのだから所得を実額より多く認定されても当然だという背景があるとすれば、大いに問題である。

第二 原判決には理由に齟齬がある。

一 原判決は唯一の類似同業者の比率を推計課税に用いる類似同業者率とすることも許されるとする。すなわち、「推計に用いる同業者率は、普遍性と合理性が首肯できるものでなくてはならず、同業者の個別性を平均化するに足る類似同業者数が得られることが望ましい」としつつも、「選定条件に合致する同業者がいない場合には、前記選定条件に合致するほか、同業者の類似性について十分な裏付調査が行われ、かつ同業者に関して得られた資料が正確であれば」よいとする。

そして、上告人の「事業形態の特殊性から、比準同業者として一同業者しか抽出できなかったことも考慮」して、唯一の類似同業者との対比による売上金額の推計を許容している。

二 しかし、仮に原判決のいうように上告人の「事業形態の特殊性」を認めるのであれば(それゆえにこそ、「類似同業者」がほとんど存在しないとも考えられるのだが)、売上原価における酒類等の仕入金額の推計方法におけると同様に「本人率」(外部との対比ではなく、内部での近い他の年度との対比)を用いるべきなのである。

また、原判決は本件各係争年度における上告人の料金形態については上告人の主張を認め、右料金形態を上告人(そして、選定類似同業者ついても)の「特殊事情」であると認められるとしつつも、これは「本件推計を不合理ならしめる程の特殊事情」とはいえないとする。曲説を弄するとしか考えられない。理由がまったくないこともさることながら、あまりに技巧的な結論を先取りした矛盾に満ちた論理である。

三 原判決には右の点において、その理由に齟齬がある(民事訴訟法第三九五条第一項第六号)といわなければならない。

以上

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